ヒビ #46
夜は長い気がする。
夜も遅くなると、いつまでも終わらないような気がする。
実際には夜を意識しはじめてから夜明けまでには数時間しかないので
夜は昼間にくらべればはるかに短い。昼のほうがずっと長い。
というのは、夜の始まるのが遅いからだろう。遅くなってきているともいえる。
それでも、なぜか夜は長いような気がする。
われわれの生活ではもう、暗くなってからが夜という感覚はない。
時計を見て生活し、針が朝見かけたような位置に来たとき、
「ああ夜かもなあ」と思うだけだ。
いつの間にか秋が過ぎて、いつの間にか夜が明ける。
いつの間にか誰かが来て、いつの間にか忘れていく。
遠くでビーコンの音が聴こえる
暗い道の向こうからピアノの音がする
老人の咳払いが響く
夜はとてもいいと思う。
いくらでもウソがつける
暗闇に溶け込む
*****
こんなことがあった。
暗くなった住宅街の道を終電の無くなった足で帰る
後ろから踊るような足取りで男がひとり近付いてくる
前にひとり、後ろにはもうひとり男が歩いている
近付いてきた男は僕を素通りして前へとゆく
追いついてふたりはなにごとかやりとりをする。
誰もいない交差点で立ち止まる
一同が並ぶ
彼らに会話はない。
青になってまた歩きだす
後ろを歩いていた男のあゆみはひどく遅い
険しい顔でゆっくりと歩く
だからすぐに遅れる
踊るような足取りの男は、彼と
僕をはさんだ前を行く男とのあいだをいったりきたりしている
街頭の明かりだけがその姿を照らす
別れ際に、よく見ると
みな耳に難聴者用の補聴器をつけていたように思う
***
もうそのことは昔読んだ誰かの日記のようになった
という記述、もうどっかで読んだことがあるような気がするくらい
きれいな一文だなあと思った。