ヒビ#65


 
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夏目漱石の小説に夢十夜というのがある。
このうちの第一夜という一篇が、とても好きだ。
書き起こしてみる。
どこかのをコピペしてもよいけれど、
あえて打ってみればそれはそれで意味のあることかもしれない。
 

 
こんな夢を見た。
腕組をして枕元に坐っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。
真っ白な頬の底に温かい血の色が程よく差して、唇の色は無論赤い。到底死にそうには見えない。
然し女は静かな声で、もう死にますとはっきり云った。
自分も確かにこれは死ぬなと思った。
 
そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込む様にして聞いてみた。
死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。
大きな潤いのある眼で、長い睫毛に包まれた中は、只一面に真黒であった。
その真黒なひとみの奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。
 
自分は透きとおる程深く見えるこの黒眼のつやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。
それで、ねんごろに枕のそばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、と又聞き返した。
すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわ、と云った。
 
じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃあありませんかと、
にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
 
しばらくして、女が又こう云った。
 
「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。
 そうして天から落ちて来る星のかけを墓じるしに置いて下さい。
 そうして墓の傍らに待っていて下さい。又逢いに来ますから」
自分は何時逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それから又出るでしょう。
 そうして又沈むでしょう。━━━赤い日が東から西へ。
 東から西へと落ちて行くうちに、 ━━━あなた、待っていられますか」
自分は黙ってうなずいた。
女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍らに坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
自分は只待っていると答えた。
すると、黒いひとみのなかに鮮やかに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。
静かな水が動いて写る影を見出した様に、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。
長い睫毛の間から涙が頬へ垂れた。
━━━もう死んでいた。
 
自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。
真珠貝は大きな滑らかなふちの鋭い貝であった。土をすくう度に、貝の裏に月の光が差してきらきらした。
湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。
そうして柔らかい土、上からそっと掛けた。掛けるたびに、真珠貝の裏に月の光がさした。
 
それから星のかけの落ちたのを拾ってきて、かろく土の上へ乗せた。星のかけは丸かった。
長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑らかになったんだろうと思った。
抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖かくなった。
 
自分は苔の上に坐った。これから百年の間にこうして待っているんだなと考えながら、
腕組みをして、丸い墓石を眺めていた。
そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。
それが又女の云った通り、やがて西に落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。
一つと自分は勘定した。
しばらくすると又唐紅の天道が上って来た。そうして黙って沈んでしまった。
二つと又勘定した。
 
自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分からない。
 
勘定しても、勘定しても、しつくせない程赤い日が頭の上を通り越して行った。
それでも百年がまだ来ない。
しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。
すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びてきた。
見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来てとどまった。
と思うと、すらりとゆらぐ茎の頂きに、心持ち首を傾けていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。
真白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。
 
そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白いはなびらに接吻した。
自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、あかつきの星がたった一つ瞬いていた。
 
「百年はもう来ていたんだな」と、この時始めて気が付いた。
 
****
 
ちょう疲れた。
もうなんでもいいや、あと一〇〇〇回読んでも飽きないよ。
好きなものに、飽きるわけないじゃないか。
だからこの一篇は、オレンジジュースくらい好きだともいえるし
昔の彼女との思い出くらいに必要のないものだともいえる。
 
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ところで東京でオフやります。脅されて。わらぃ。うそですよ すんません

にちじ:4月16日きんようび
ばしょ:吉祥寺
おみせ:吉祥菜館
ちず :http://www13.plala.or.jp/smk/image/saikanchizu.jpg
じかん:よる8時くらいから

JR吉祥寺駅井の頭公園方面出口出て右へ、徒歩3分ほど
左手にみえる「真希」というそば屋の看板が2階にせり出して目立つビルの3階です。
ちなみに隣はオチアイという服屋と羽幌という飲み屋さんです。
ビルの下に看板が置いてあります。電話をもらえればもちろん迎えにも伺います。
 
よろしければ、ぜひ。
溢れんばかりのメールを。って、明日じゃん!ヒャッハー!敬具。